『万葉集』の世界へ
あなたは春派?それとも秋派?
秋は、古代の人々にとって特に愛された季節だったようです。『万葉集』には、春や秋を題材にした歌が、夏や冬を扱ったものに比べて多く収められています。平安文学『源氏物語』にも春と秋のどちらを好むかをめぐる六条院の春秋論争が登場するように、このテーマは古来より人々の関心を集めてきました。
『万葉集』には、天智天皇が中臣鎌足に対して、「春の花の華やかさと秋山の彩りの美しさとどちらが心を惹きつけるか競ってみよ」と下問された際に、額田王(ぬかたのおおきみ)が歌を詠んで答えを示したという逸話が残っています。さて、額田王が選んだのはどちらの季節だったのでしょうか。そしてその理由とは――。
資の七草のひみつ
春の七草は、いまでもたびたび話題にのぼりますが、秋の七草は、それに比べてちょっとマイナー。実はこれ、万葉歌人・山上憶良が即興で詠んだ歌に登場する、いわば“創作”の七草なのです。なぜそれが創作であるとわかるのか――その答えは、憶良自身の歌の中に隠されています。
旅先で想う、家に残した妻のこと
『万葉集』巻十五には、天平八年(736年)、朝鮮半島の新羅に派遣された使節団の人々が、旅立ちの際に詠んだ歌が収められています。出発の朝、別れを悲しむ妻に「秋には帰る」と告げて旅立った夫たち。果たして、無事に帰還することはできたのでしょうか。
当時の旅は、命がけのもの。夫婦は離れ離れの不安と哀しみを、歌に託して心を通わせました。遠く離れた海の向こう、夫はどのようにして妻の想いを受け取ったのでしょう――。
さあ、あなたも『万葉集』の歌を読み解く旅に出かけてみませんか。飛鳥・奈良時代を生きた人々が残した言葉を通じて、豊かな感性と深い感動に出会えることでしょう。その学びの時間が、きっとあなたの心を潤してくれるはずです。
【講座のご案内】
『万葉集』という歌集をご存知でしょうか。飛鳥時代から奈良時代にかけて詠まれた歌から成る現存最古の和歌集です。なんと4500首もの歌が収められており、そのボリュームは、平安時代に作られた『古今和歌集』の約4倍にのぼります。
内容は、四季折々の自然を詠んだ歌、恋の喜びや切なさを描いた恋歌、死を悼む挽歌が中心ですが、旅の不安や人生の苦悩を赤裸々に綴った歌も見られます。奈良時代以前に書かれた私的な日記のような文学はほとんど伝わっていないため、当時の人々の思いや感情を今に伝える手がかりとして、『万葉集』は極めて貴重な存在です。ページをめくるたびに、まるで古代にタイムスリップしたかのように、人々の息遣いや心の動きが生き生きと蘇ってきます。
『万葉集』の魅力は、その多様性にもあります。天皇から庶民まで、身分・性別・年齢を問わず、多くの人々がそれぞれの思いを歌に託しました(「庶民の歌は存在しない」とする説もありますが、この点についても講座内で詳しくお話しします)。恋のときめきや切なさ、家族への愛、自然の美しさ、そして人生の哀歓――人間のあらゆる感情が率直かつ力強く表現されています。歌の背景を知ることで、私たち現代人も共感を覚える場面が多く、不思議な親しみが湧いてくるはずです。
今回の講座では、そんな『万葉集』の中から秋の歌を取り上げます。外はまだまだ残暑厳しい頃ですが、ひと足早く、古代大和の秋を感じてみませんか。
*写真1枚目:『元暦校本萬葉集(複製)』